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私の指導遍歴

自分語りをしても仕方ありませんが、まあ勉強に多少関係するところもあるで、今後つらつらと書いていこうと思います。

指導方針はムダを省く

暁塾の指導法に行き着いたワケ

あなた任せより自分任せの人が集まる塾に

学生時代には私はコンビニ店員、イベント設営スタッフ、皿洗い、警備員、居酒屋ホールスタッフ、将棋関係などなど色々アルバイトをしましたが、そのなかで一番性に合っていたのが家庭教師のアルバイトでした。

学生時代に色々なアルバイトをしたのは
飽きっぽい性格もありますが、実は向いている仕事がほとんどなかったのです。

だから、高校3年生の3月に初めて皿洗いのアルバイトを始めたのに、5日もしないうちにクビになってしまいました。

スポンジでゴシゴシこすっていてもお皿についたグラタンはなかなか取れず、まごついていると、店長の逆鱗に触れてしまったのです。
お昼の忙しい時間帯ですから怒られても仕方ありません。
しかし、悪いことは続くもので、そんな時に洗いたてのフォークとスプーンが入ったケースを厨房の床に落としてしまったのです。

そのあとも色々アルバイトをしていましたが、大学2年のある日、anの求人誌を見ていると家庭教師のアルバイトが目に飛び込んできました。
時給は1500円からで、800円だった皿洗いのバイトの倍近くもありました。

バイト雑誌で見つけた会社の
面接を受けて驚いたのは、
生徒を紹介された時に、
指導方法や使用教材については
「山本センセーにお任せします」の
一言で済まされてしまったことです。

これは大手のトライを始めとした
どの家庭教師派遣会社にも言えることでした。

私が住んでいる場所の近くに生徒がいれば、マッチングとなり、そうでなければ、生徒が見つかるまでお仕事はおあずけとなります。

教育会社としてよりも人材派遣といった面に重きが置かれているのです。

そのために、私は生徒の学力やどんな問題集を使ったら良いのか、生徒からどんな質問をされるのか、不安を抱えながら自転車で指定されたお家に向かったのです。

 

初めての家庭教師

家庭教師の派遣会社からは
中学一年生の不登校だと聞いていたので、
大人しいんだろうな、と思いながら
インターホンを押すと、
玄関に姿を見せた
生徒の髪の色は金色に染まっていて、
昼間は外に出歩いていないためか
私より色白でした。

予想とは違って少々驚いたものの
対する私はツイストパーマという髪型で
クチの悪い友人からは
『焼きそばパーマ』と言われるような
ボリュームのあるアタマをしていたので
似たようなものだったのかもしれません。

自己紹介もそこそこに
数学の方程式を教えていたのですが、
彼は緊張していたのか
真面目にシャーペンを動かしていました。

90分授業だったので、
ちょうど40分くらい経った頃に
「そろそろ休憩しようか?」と
ノートに向かっていた生徒に声を掛けると
私の目に飛び込んできたのは
白いボールペンでした。
「センセー、タバコ吸う?」

私の指導遍歴⑤
家庭教師を始めてからは
1ヶ月に一度『指導報告書』というものを
その生徒を紹介してくれた会社まで
持って行きました。

どのような内容を
どういった風に教えているのか、
記載したものを提出し、
担当の方とお話をしました。

私は3つも4つも家庭教師の会社に
登録していたのですが、
会社へ報告に訪れると、
どの会社でも電話で保護者の対応や
新規営業をしている光景が広がっていました。

CMや新聞広告などのイメージから
どの会社も、一見したところ
教育事業の殻に覆われていますが、
中身は人材紹介会社、派遣会社といったほうが
より正確といえる状況でした。

私の指導遍歴⑥

アルバイトを始める前は
クチベタな私が、
中高生に勉強を教えられるだろうか?
と内心ビクビクしていました。

家庭教師を頼むおうちは
学校と塾で勉強しても物足りない中高生を持つ
教育熱心な御家庭だといった先入観があったのです。

ところが、そういう生徒は少数派でした。
家庭教師の派遣会社は
学校や塾で勉強を習っても
わからない原因がわからないといった生徒や、
学校へ通っていないけれども、
進学を見据えて勉強したいといった
生徒たちの受け皿だったのです。

そのため、ガンガン勉強を進めるよりも、
ウンウン言って、生徒に寄り添うような
センセーが求められていることに気づいたのです。

〇私の指導遍歴⑦

私が家庭教師をした生徒は
学校に通っていないことが多かったのですが、
不登校生が相手ならば、勉強一辺倒とはいきまん。

大抵、初日から、
部屋に案内されて二人きりになります。
ところが、彼らは警戒しているといった風で
私のことをじっと観察しているのです。

生徒に語るような話を
持ち合わせているわけではありませんが、
そうなると、
いままでどんなことをしてきて
いまはどんなコトをしているか
話さざるを得ません。

そこで、自分がいかに素晴らしい人間かという風に伝えるよりも、私が如何にダメ人間かということを伝えたほうが心を開いてくれることに気づいたのです。

今でこそお腹がせり出すくらいになりましたが、
中学生になった時は前から2番目で、
体がとても小さかったので
よくからかわれもし喧嘩をしました。
1勝9敗ペースでした。

また高校の柔道の授業では、
「コイツには勝てるな」と思っていた相手にさえ
引き分けで、クラスの誰からも勝ち星を挙げることが出来なかったようなことをボソリボソリと話し出すと生徒は心なしか喜びの色を目に浮かべるのです。

そうこうしているうちにドアがノックされます。
お菓子とジュースが運ばれてくるのです。
だから勉強を教えもしましたが、
これ話し相手に務めるといった時もありました。

〇私の指導遍歴⑧

私の経験からは不登校生の大半は、
学校に行っていないだけで
勉強はというと
苦手ではないケースが多かったです。
またコミュニケーションをとるのが
苦手かと言えばそういうこともなく、
興味のある事柄であれば、
自分から進んで喋る生徒もいました。

私が家庭教師をしていた時ですから
20年以上前になりますが、
そのなかでいまでもつき合いのある
元生徒がいます。
私も年相応にいままで色々な人に会いましたが、
彼はそのなかでも、抜群に頭が切れます。

クチを開こうとすると、
こちらの考えていることが
スグに伝わるのです。

バイクやパソコンなど自分で部品を分解したり
取りつけたりするくらいなので、
私がバソコンにトマトジュースをこぼした時などは
嬉しそうに直してくれるような親切なところもあります。

最近も安くていい性能のパソコンを
紹介してもらいました。
今では教え子に教えてもらっています。

 

私の指導遍歴⑨

家庭教師をしていて気づいたことは
勉強出来ないと怒られるんじゃないか、と
思っている生徒が多いということです。

初回の授業などわからない問題があった時には
何か悪いことでもしたかのように
私の顔色を窺うのです。

誰かに怒られて勉強が出来るというわけにも
いかないものです。
私自身、中学生の時に通っていた塾では
塾長の張り手でメガネがよく飛んでいきました。

私だけでなく、他の生徒も
一通り殴られていたのですが、
とにかく、大きな声で怒られると
萎縮していい考えは思い浮かびません。

いま当時のことを思い出すと
答えられないような質問ばかりでしたので、
よほど嫌われていたのでしょうね。

 

私の指導遍歴⑩

家庭教師をしていた時、
予定の時間を延長して
90分の予定のところを、
気づけば30分オーバーして
教えていることもありました。

生徒はいい子なので、
隣で真面目に聞いてくれていました。
私自身もサービスでたくさん教えたし、
満足していました。
しかし、それでも彼の成績は上がらなかったし、
上がる兆しが見えなかったのです。

その時ようやく、
問題を多少解くだけで、
説明を中心にして授業を進めると
生徒は聞いているだけに
なりやすいことに気づいたのです。

私自身、センセーと言われるような立場の人間が
気をつけないといけないことは、
教えている気持ちよさに浸ってしまうことです。
長時間教えていること自体には
生徒の成績アップにはなんら意味がなく、
長年高い地位に就いている権力者のように
自分を見失っていては上がる成績も上がりません。

生徒にしてみても、
他人に教えられていることと
自分が勉強することは全く別です。

もし、センセーの話を聞いて
勉強ができるようになるならば、
NHKの教育番組やYouTubeでこと足ります。
(知識を仕入れるにはオススメですが)
また、一流シェフの傍にいると
それと寸分たがわないような
料理が作れるようになるかといえば
そんなことはありません。

モノを教えてもらうところまでは
他人の頭を借りればいいでしょうが、
最後は手や口や耳を始めとして、
自分の脳ミソを使わないと、
成績を上げることは出来ません。

暁塾ではポイントを教える時間は極力短くして、
問題集を解いてもらうことに
重きを置いているのは
そういった苦い思い出からです。

私の指導遍歴⑪

家庭教師時代に教えてばかりだと
生徒の成績にはつながらないということを
実感した私でしたが、
暁塾を始めてからも似たような場面に
出くわしたこともありました。

いつも最前列に座る生徒が、
「センセー、学校で習ったコノ部分がわかりません」と言いました。
その生徒は簡潔な答え方を
好まない傾向にあったため、
私は時間をかけて説明をしました。

知識が積み重なっていない場合、
理解することは難しい英文法の部分でした。

説明を終えた後、問題を解くように伝えると、
間髪を入れず「わかりません」と
少し尖った声が返ってきたのです。

内心驚きましたが、続けて私の
「いまメモしていた部分や問題集の例文を見て、ちょっと考えてみてな」
という言葉を聞くや否や
その生徒は私の顔を睨みつけ、
「どうして教えてくれないんですか」
と叫んだのです。

あとで親御さんと電話でお話ししました。
電話越しに詰問するような調子の声を聞きながら
事情がわからずに仰っているのだから
いたしかたない面もあるけれど、
勉強の進め方、つまり勉強が出来るようになるにはどうすればいいのか、
その考え方が私とは違うと感じました。

それというのも、教えられている時間は
長ければ長い方が良く、
わからない部分というのは
説明されればスグに理解出来るものだと、
考えておられたのです。

「センセーの教え方が悪いと家で言っている」
と本人から聞いており、筒抜けだったので
おおよそ見当はついていたのですが、
どうしてこんな風になったのだろうかと反省しました。

教育というカテゴリーは
誰もが通る道で皆さん意見をお持ちです。

どの親御さんも我が子には勉強出来るようになって欲しいと
思っていらっしゃるでしょうし、
私も少しでも成績が上がるように、
受験がうまくいくように
生徒のそれぞれの性格や体調や
その時点での成績を加味しながら教えている
積りなのですが、
それでもこのような結果になってしまったのです。

どちらが悪いということもなく、
そもそも勉強に対する考え方にズレがあったものが、
次第に割れ目が大きくなったのだと思うに至りました。

そういったこともあり、
暁塾の勉強法、考え方をホームページや面談に
よくお伝えしてしておく必要性を感じたのです。

〇私の指導遍歴⑫

「勉強できる人はどうして勉強できるのか」

もう20年近く前のことですが、

高校の同窓会があった時に京都大学に進学した同級生に尋ねたことがあります。

「現役で京都大学に行ってすごいなぁ」と言うと

彼は高校3年生の時は勉強しかしていなかったと答えたのです。

彼は高校一年生の時から、人気者ばかりが集まったバンドのボーカルを務めていて、バレーボール部では中心メンバー、顔はイケメン、性格も非常に良くて、彼の悪口を言うような人間などいませんでした。

陰キャで友達も少なかった私とは雲泥の差です。

彼の返事を聞いて「エっ?」と思いました。高3の時のさよならコンサートを見たし、バレーボールも夏くらいまでやっていたからです。

照れもあったのでしょうが、彼は努力を隠す人だったのです。

もう1人思い出される同級生がいます。

いつも学年トップテン以内には入っており、先程の同級生と同じバンドメンバーでもあり、器械体操部を立ち上げるなどエネルギッシュでした。

高校1年生の初めての遠足の時ですから、5月の時でした。

バスで目的地まで揺られている時に、彼は世界史の教科書をカバンから取り出し、読もうとしたのです。

周りに冷やかされて、読むのを断念したように記憶していますが、まだクラスにはどんな人がいるかお互い手探りの時期だったこともあり、「コイツはめちゃめちゃ勉強するヤツなんだな」と私は心の中で舌を巻いたのです。

つまり、成果の出している人は普段からそれほど勉強しているということです。

ちなみに私は「クラスで一番長生きしそう」と言われるほど、ボーッとしていたので自慢にもなりませんね。

『長い面接から先生をお願いしています』

勉強を教えるには一定以上の学力は最低限必要です。しかし、誰でもいいというワケでもありません。
暁塾では私自身ボーっとしているところがあるので、講師の先生やYouTube編集、4コマ漫画担当の元暁塾生徒たちのように、しっかりしている人でないと安心して任せられません。

もちろん、「しっかりしている」というなかには
「時間やお金にきっちりしているか?」
「言ったことは実行するか?」
「サボり癖はないか?」といったような
モノサシが含まれています。

しかも、私は親御さんや兄弟も知っているので、
これほど心強いことはありません。

いま暁塾に通っている生徒や卒業生たちも
「暁塾に勉強しに来ている」と思っているかもしれません。
しかし、私からしてみると、
どんな性格でどういった風に
学生の本分である勉強に取り組むのか、
いわば一人ひとりの仕事ぶりが
よく見えるのです。
だから「数年かけて面接しているようなもの」
といったら叱られてしまうでしょうか。

それにしても、
学習塾をしていて感じるメリットの1つは
人材がすぐに集まるということです。

生徒のみんなを見ていると
勉強だけでなく、
コツコツ机に向かうのが得意だったり、
営業なら優秀だろうといったような
それぞれの気質に合った職種に気づかされます。

恐らく、他の事業をしている社長さんならば、
同じ人を迎え入れるにしても
採用にかかるコストは
相応のものが必要とされるでしょう。
しかし、私の場合は
ライン1つで連絡が出来るのです。
そう考えると、ひょっとして学習塾は
これから人材紹介会社や
フリーランスのサポートをする仕事に
目を向けると良いのかもしれません。

暁塾が将来的には、そういった方向にも
手を広げていくことが出来れば、
「暁塾に行けば勉強だけでなく、
将来の職も安泰だ」といった風になります。

本当は私に事業家としての素質があれば、
手伝ってくれる卒業生を集めて
仕事を大きくできるのでしょう。

現実的に考えると
私自身が自分の考えに溺れぬよう
浮輪にしがみつきながら、
歩を進めていく必要がありますが。

〇私の指導遍歴⑫

「勉強できる人はどうして勉強できるのか」

もう20年近く前のことですが、

高校の同窓会があった時に京都大学に進学した同級生に尋ねたことがあります。

「現役で京都大学に行ってすごいなぁ」と言うと

彼は高校3年生の時は勉強しかしていなかったと答えたのです。

彼は高校一年生の時から、人気者ばかりが集まったバンドのボーカルを務めていて、バレーボール部では中心メンバー、顔はイケメン、性格も非常に良くて、彼の悪口を言うような人間などいませんでした。

陰キャで友達も少なかった私とは雲泥の差です。

彼の返事を聞いて「エっ?」と思いました。高3の時のさよならコンサートを見たし、バレーボールも夏くらいまでやっていたからです。

照れもあったのでしょうが、彼は努力を隠す人だったのです。

もう1人思い出される同級生がいます。

いつも学年トップテン以内には入っており、先程の同級生と同じバンドメンバーでもあり、器械体操部を立ち上げるなどエネルギッシュでした。

高校1年生の初めての遠足の時ですから、5月の時でした。

バスで目的地まで揺られている時に、彼は世界史の教科書をカバンから取り出し、読もうとしたのです。

周りに冷やかされて、読むのを断念したように記憶していますが、まだクラスにはどんな人がいるかお互い手探りの時期だったこともあり、「コイツはめちゃめちゃ勉強するヤツなんだな」と私は心の中で舌を巻いたのです。

つまり、成果の出している人は普段からそれほど勉強しているということです。

ちなみに私は「クラスで一番長生きしそう」と言われるほど、ボーッとしていたので自慢にもなりませんね。

私の指導遍歴⑭
1コマを90分にしているワケ

暁塾の指導には、知らず知らずのうちに
私の将棋一色だった中学時代の実体験によるものが含まれています。

どうして1コマ90分にしているかといえば、
当時、私は研修会という
将棋好きの少年少女が集まる場に通っていましたが、
そこの一局の持ち時間が45分だったのです。

私と相手で45分ずつなので、
熱戦になると1時間30分くらいかかります。

将棋が好きでない人にとっては
将棋って、動きもないので
「何をしているんだろう?」といった感じですが、
対局中はアタマから湯気が出ているような状態のため
一局が終わったあとにグッタリとするのです。

その間にはトイレに行ったり、
お茶を飲んだりして調子を整えていました。
暁塾で休憩時間を設けているのも
ぶっ続けではしんどいし、却って非効率になるからと思うからです。

そういったわけで、どの暁塾生も一生懸命勉強すれば
90分くらいでグッタリするはずだと考えています。
ただ、暁塾に来たときは元気がなくても
帰るときには打って変わって力強い挨拶を聞くこともありますが。

〇私の指導遍歴

「文は人なり」といいますが、

その人の関心事をはじめ、

知識や教養、人柄が読み手に伝わるものです。

私が小学生だったころは日記を書く宿題は出ていたものでしたが、

今、学校では文章を書く機会はほとんどないようです。

それが関係しているのかどうかわかりませんが、

年齢に関わらず、

国語、なかでも話すことは得意だけれど、

文章を纏めることが苦手というケースが見受けられます。

たとえば、将来、入社試験を受けた時に、

履歴書や面接で自分がどんな人間か、

上手く相手に伝えることが出来れば

道が開けることも多いでしょう。

これからの時代は特に遠慮していてはソンで

自分を売りこむ能力が大切です。

そんな考えから時折、生徒に作文を書いてもらうことがあります。

 

それにしても、

漢字を間違わずに書けているか、

話の筋道が通っているのか、それとも直感的なのか

普段は何に重きを置いているのかまで

その生徒の考えていることがよくわかり、

普段の塾の指導にも役立ちます。

次の文章は私の実体験です。

日直の号令で、みんな起立しました。

長かった終わりの会が済んで僕はやれやれと思いました。

もうあとは、礼をしたら学校が終わる。

その時です。

沢井先生が

「みんなに言い忘れていたけれど……」と話し出したのです。

いつも優しい沢井先生のお顔が歪んで見えてきました。

僕が貧乏揺すりを始めたからです。

気もそぞろになって、沢井先生の話が耳には入らなかったけれど、

少し赤くなってきた腕を見て

指でつねる力を緩めた瞬間、

これはダメだと諦めました。

小学1年生で悟りの境地に達したというわけでしたが、

「もう堪らない」そう思うや否や

僕の腰から下は滝に打たれた修行僧のように

ずぶ濡れになったのです。

同級生は何が起きたか直ぐにはわからなかったようです。

沢井先生に招かれた僕は

教室から廊下に出て、すごすごと保健室へ向かいました。

9月になったばかりでしたが、

薄暗い廊下はなんだか気味が悪く、

沢井先生は何も仰いません。

保健室にいらっしゃった松原先生に言われるがまま

スッポンポンになった僕でしたが、

松原先生は手慣れた様子でタンスの抽出しを開けました。

何ということでしょう。

そこには、緑色の小さなロゴが入ったパンツが

所狭しとギッシリと入っていたのです。

松原先生は一段目、二段目ばかりではなく、

三段目の抽出しを開けて、

私に合ったサイズを探しておられました。

新品か使い古されたモノかはヒト目でわかるものです。

「なーんだ、みんな一緒じゃないか」

そうして私は嬉々としてパンツに手を伸ばしました。

今日はワクチン接種の翌日で、

まだ左腕が重いことが言い訳?になるかわかりませんが、

数年前に書いた文章をこちらに載せました。

アホなヤツだとお笑いください。

暁塾の指導方法を公開しています

「成績が上がりました」
そう言ってくれる生徒は
今までたくさんいましたが、
塾の役目は成績を上げることなので
私は当たり前のことだと思っていました。

しかし長年塾をやっていると、
どうやら他の塾とはちょっと違う指導方法で
成果を出しているということに気づきました。

それならきっと、暁塾の方法をきっかけにして
成績が伸びる子がたくさんいるはず。

今まで暁塾は近隣の学生だけを生徒にとってきましたが、
一人でも多くの子供たちに
成績向上のコツを知ってもらうため、
暁塾の指導方法を整理して
今後、こちらのホームページで公開することにしました。

記事を徐々にアップします。
暁塾の歴史
大阪府立生野高等学校卒業関西大学商学部卒業

大阪府立生野高等学校卒業後、関西大学商学部入学。
直木賞作家邱永漢先生主宰のハイQコラムに
『カッコのいい人、こんな人』を連載。
2009年大阪市鶴見区にて暁塾開校。
中学生まで熱中した将棋熱が再燃し、
2018年『暁将棋部屋』刊行。
そのお祝いとして『塀の中の懲りない面々』の
安部譲二先生から寄稿文をいただく。
趣味は将棋(アマ五段)と読書
(好きな作家は邱永漢先生、安部譲二先生、菊池寛先生、
サマセット・モーム)

山本理(暁塾塾長)をフォローする
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大阪市鶴見区個別指導塾
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